曲目解説

MENDELSSOHN,Duette
 ロマン派に位置するメンデルスゾーンは、「音の水彩画家」と呼ばれ、その親しみ易い旋律で今日でもより多
くの人に愛されています。彼の曲は明るく素直であり、これは裕福な家庭で育ったこと、又、古典主義からロマ
ン主義と変わり、絶対音楽から自由な楽想で音楽を創造することが許されたという時代背景から少なからず影響
されたと思われます。
 今回、私達は二重唱曲集のなかから「ゆけわがそよ風」「きみをしのぶ」「舟路」「夕べのうた」の4曲を歌
います。このうち3曲までがドイツのローマン派詩人の代表格であるハイネです。メンデルスゾーンと同じユダ
ヤ人ということに何か感ずるものがあります。古典主義の時代では歌曲の地位は低かったのですが、ロマン主義
の中で花開いた詩と音楽との融合によって、より高い芸術性を表したのでした。
 この4曲は、みな恋をうたったものです。想い人によせる青年期特有の純粋さと、切ない恋心がメンデルスゾ
ーンの甘く軽やかな調べとともに、私達の胸にしのびこむことでしょう。

日本抒情歌
 春の精が豊饒に咲く桜の花を一瞬のうちにつれ去り、夏の精はまばゆい陽の光を背に風と水と緑を従えて地上
を駆けめぐり始めました。美しいもの、清らかなもの、恋しきものに憧れを持つ時、又、悲しみの淵に立って絶
望の沼をのぞき込みたくなる時、音楽がほしいと思うのではないでしょうか。母の、またその母から歌い継がれ
てきた抒情歌は、私達の心をやすらぎに導いてくれ、ともすれば忘れがちになる日本の歌のすばらしさを思い起
こしてくれることでしょう。今日は数多い抒情歌の中から五曲を選んでみました。
 「箱根八里」は本当に難しい歌詩がそれこそ山のように連なっていますがリズミカルな楽しい歌です。「鉾を
おさめて」は勇壮で男性的な歌。「早春賦」は長い冬の凍付く寒さの中で、春の兆しをじっと待ちつづけます。
「椰子の実」と「ゴンドラの歌」はなんとロマンチックな歌なのでしょうか。
 年老いた人々は過ぎ去った青春の日々の華やかさと苦悩を寄せては返す波のように思い浮かべ、又、若い人々
には、それらの懐古の想いがやがて自分のものになるであろうと..........遠い日の漠然とした思いを持ちなが
ら今日の曲を歌い上げたいと思います。

雛の春秋
 「雛の季節」「手毬」「秋の人形」これら3つの詩の中にでてくる「わたし」の心を作者は、お雛さまにたと
えて書いています。
 お雛さまといえばおそらく誰もが3月3日のお祭を思いうかべることでしょう。でもこの詩の中には、なにか
それだけでは終わらない人間の心の中の深い母性愛にも似た感情を雛という形にしてつたえているようです。聴
く方によって受けとめかたは様々でしょうが、「わたし」という雛をただ人形としてみるのではなく自らのおか
れている状態におきかえてみると、この詩が意外に身近なものとなってくるのではないでしょうか。
 詩人は「これらの詩はすべて対話である」といっています。春の祭の娘たちと雛人形。人形師の願いをこめた
雛は美しく、やさしく、また、愛されてつくられたことでしょう。そして娘であり母である自分も、雛と同じよ
うにまわりから愛されていることを感じながら、雛祭の季節になると、生きているゆえに受ける様々な感情をこ
の詩は表現しているようです。
 言葉を表すことをできないたくさんの願いを持った雛人形の深い気持を伝えられるよう大切に歌えたらと思い
ます。

グレゴリオ聖歌の主題による4つのモテット
 モーリス・デュルフレは、1902年北フランス、ノルマンディー地方のルーヴィエに生まれた。パリ音楽院
で作曲法、オルガン等を学び、すべてに一等賞を得て同院を卒業、パリのサン=テティエンヌ=デュ=モン教会
の主席オルガニストに選ばれ、また後年にはパリ音楽院の教授も務めた。やや地味ながら近年に亡くなるまでフ
ランス楽壇の最長老として君臨していた作曲家である。発表された作品は少なく、ひとつひとつを丹精に磨きを
かけてからでないと発表しないという気質であったようだ。
 「4つのモテット」は1960年の作で、小品ながらデュルフレ円熟の作品である。この4曲は、いずれもカ
トリック教会内の挽歌において歌われるグレゴリオ聖歌の旋律に基づくもので、ポリフォニックな線の美とホモ
フォニックな面の美とがやわらかな光の中で交錯する佳品といえよう。

四国の子ども歌
 『四国の子ども歌』は、湯山昭氏が初めて“わらべ歌”を素材にして作った合唱作品である。“少年合唱とピ
アノのためのエスキース”というサブタイトルが付けられているが、女声合唱で歌っても効果があるように配慮
して作曲されている。             
 全曲は、六つの楽章から成っており、プレストで歌われる「四国ばやし」が序曲の役目を果たす。二楽章は、
愛媛の「かぜかぜ吹くな」を主題に「いのこ歌」(愛媛)をからませた緩徐楽章である。三楽章は、高知の「田
植歌」で、「あっぱいべべ」(高知)の歌が、対位的に使われている。四楽章は、「祖谷のかずら橋」(徳島)
が主題でかなり自由にこの主題の変型をきかせたあと、オリジナルな旋律がのびやかに歌われる。五楽章の「手
毬歌」は、香川の「なかなかホイ」「うちのうらの黒猫」の二種の手毬歌を奔放に変化させて作られていて、こ
の『四国の子ども歌』をクライマックスへと盛り上げていく。そして、アダジェットで歌われる、終曲の子守歌。
愛媛の息の長い子守歌に、高知・徳島・香川の子守歌が重ねられていき、ピアノが最弱音の余韻を残して、静か
に幕をときる。
 軽快なリズムや鋭い和音、対位的に処理された幾つかの歌の響きなどが、たいへん魅力的な作品である。

岬の墓
 「岬の墓」は1963年11月、木下保氏指揮で第18回芸術祭合唱部門に参加して、初演を行ないました。
そして、同年度芸術祭賞、文部大臣賞を受けています。
 作曲者の團伊玖磨氏は、歌劇「夕鶴」等のすぐれた作品で広く海外にも知られていて、現在日本を代表する作
曲家のひとりです。氏の作曲した合唱曲は数多くありますが、その中でもこの「岬の墓」は、それら一連の合唱
曲の先がけとなるものです。作曲にあたっては、あらゆる表面上の製飾を排除すること、骨格を重視した、簡潔
な手法を執ることであった…と氏は語っています。
 作詩者の堀田善衛氏は、この詩を1963年の夏から秋にかけて蓼科高原で書かれました。一目見れば、鮮や
かな色彩の風景が目の前にあるような錯覚さえさせるほど強烈な印象を持つこの詩は、この短い中に、世界、人
間、人生、それよりもさらに大きいものを宿しているように感じられます。「この詩の湛えるものは、単なる抒
情でも描写でもない。そういう枝葉の発するもっと内側のもの、枝や葉に対する幹の美しさと力強さがこの詩の
本質であると思う」と作曲を手懸けた團伊玖磨氏は語っています。



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